Our Story
外浦の未来をつくる会の生い立ち
「外浦」ってどんな場所?
私たちが活動している石川県珠洲市の大谷地区(以下「外浦」)は、能登半島の先端、日本海側に位置しています。珠洲市の中でも、里海と里山がともに息づく、自然豊かな地域です。
外浦の人口は、震災後におよそ半分となり、現在は416人(2026年5月時点)。平均的な小学校ひとつ分ほどの人口で、顔の見える関係が今も日常にあり、道で会えば自然と立ち話が始まる、ゆるやかで近い距離感の暮らしが続いています。
また外浦では、日々の暮らしの中で自然の恵みを受け取りながら、季節とともに生活が営まれています。500年前から続く「揚げ浜式塩田」による塩づくりが今も人の手で守られています。
こうした暮らしの積み重ねは、生物多様性を支える土台となり、地域の文化と自然が一体となった貴重な財産として、国内外からも評価されています。
私たちの目指す「未来」
今ある外浦の自然・文化・人の魅力を、これからも確かに未来へとつないでいくこと。それが私たちの目指す姿です。
2024年の能登半島地震では、多くの道路が土砂崩れや地割れによって寸断され、一時は地域全体が孤立する事態となりました。さらに同年9月には豪雨災害が発生し、土砂崩れや大谷川の氾濫により再び孤立するなど、度重なる自然災害に見舞われました。
また若い世代や子育て世帯の流出が進み、地域の小中学校では全校生徒数が現在4人となり、能登全域でも最も児童生徒数の少ない学校となっています。それに伴い高齢化率は69.7%と過去最高水準となり、里山・里海の暮らしを支える担い手不足が一層深刻化しています。
このように、地域の基盤そのものが大きく損なわれる状況の中、2024年6月、私たちは復興について地元の若者を中心に話し合うことを目的に任意団体として立ち上がりました。さらに同年9月の豪雨災害を契機に、災害ボランティアの受け入れと地域支援のための活動を開始しました。
その後、2025年2月にはNPO法人として設立し、災害ボランティアにとどまらず、能登特有の文化や伝統を大切にしながら、「住みたい・働きたい・また来たい」と思える外浦の実現に向けたまちづくり事業を継続しています。

